【中学歴史/一問一答】飛鳥時代まとめ!

中学社会の歴史で学習する

『飛鳥時代』

についての問題に挑戦してみましょう!

 

問題の下にある答えをタップしてもらうと正解を確認することができるよ(^^)

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飛鳥時代の一問一答!

推古天皇の摂政となり、天皇を中心として国家を統一しようとした人物は誰か。
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聖徳太子、厩戸皇子

聖徳太子は厩(うまや)で生まれたので厩戸皇子とも呼ばれています。学問に優れ、仏教を深く信仰して寺院も多く作りました。

 

家柄にとらわれず、才能のある人物を役人にする制度を何というか。
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冠位十二階

603年の制定。従来の、世襲によって地位を与える氏姓制度を廃止しようとしたんだ。

 

聖徳太子が、役人の心得を示すために定めたきまりを何というか。
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十七条の憲法

607年の制定。この憲法により、天皇中心の中央集権国家を作ろうとしました。儒教や仏教の思想が基本になっています。

 

6世紀後半、中国を統一した隋に小野妹子らを派遣した使節を何というか。
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遣隋使

聖徳太子が派遣した使節で、日本の記録では607年の小野妹子が最初で614年まで4回派遣。

 

7世紀前半に大陸の文化の影響を強く受けて栄えた文化を仏教文化を何というか。
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飛鳥文化

推古天皇、聖徳太子時代の文化で、遣隋使派遣を通して、大陸文化の影響を強く受けました。

 

飛鳥時代を代表する世界最古の木造建築物がある寺院を何というか。
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法隆寺

法隆寺は金堂や五重塔などの建物、建物に納められている仏像や壁画など飛鳥文化を代表する美術品の宝庫になっています。

 

645年、中大兄皇子や中臣鎌足らが蘇我氏をたおして始めた政治の改革を何というか。
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大化の改新

大化の改新は、蘇我氏の横暴ぶりに対する、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣(藤原)鎌足によるクーデター。

 

天皇や豪族が所有していた土地と人民の私有を廃止し、国家が直接支配するようにしたことを何というか。
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公地公民

大化の改新によって採用された制度で、土地と人民は朝廷に属することになりました。

 

672年、天智天皇の没後、後継ぎをめぐっておきた戦いを何というか。
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壬申の乱

天智天皇の子である大友皇子と天智天皇の弟である大海人皇子の争い。1ヶ月の戦いの後、大海人皇子が勝利。

 

壬申の乱に勝利した大海人皇子は、即位して何天皇になったか。
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天武天皇

天武天皇は天皇を中心にした支配体制を確立し、律令制度の基礎も固めました。

 

唐の制度や文化を取り入れようと、たびたび中国に使いを送った。この使いを何というか。
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遣唐使

630年に犬上御田鍬を派遣したのが最初で、894年まで15回派遣。

 

701年、唐にならってできた本格的な法律を何というか。
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大宝律令

刑法にあたる律6巻と、民法や行政法にあたる令11巻からなっています。

 

律令国家のもと、地方は国に分けられ中央から派遣された何によって治められたか。
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国司

古代における地方官で、全国にあった60余り国に、中央から貴族を交代で派遣しました。

 

こちらの記事で復習!

【中学歴史】飛鳥時代の出来事、要点まとめ!

 

 

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