【中学歴史】杉田玄白まとめ!解体新書とはなに?どんな功績があるの?

杉田玄白と言えば解体新書とセットででてくる歴史上の人物だ。

でも、その詳しいことについては良くわからないという人も多いはず。

この記事ではそんなみんなの疑問にさくっとお答えするよ。

ザックリとまとめておくとこんな感じだ。

引用:wikipedia

杉田玄白(1733~1817)

  • 江戸時代後期の蘭方医
  • 蘭書「ターヘルアナトミア」に衝撃を受け翻訳を志す。
  • 医術書「解体新書」を著す

家業を継いで町医者に~とっても評判だった蘭方医~

杉田玄白は、小浜藩の藩医(藩おかかえの医者)の家に生まれたんだ。

でも、上に兄が2人いて、家を継ぐ予定はなかった。

が、上の兄が早死にし、2番目の兄も養子に出ていて急きょ玄白が継ぐことになったんだ。

玄白は蘭方医。

蘭方医とは、オランダの医療を学んだ医者のことだ。

玄白はもっと最新の医療を学ぼうと、オランダ語の勉強を始めようとするんだけど、オランダ語はとっても難しく、オランダ語の通訳をしていた人からもやめるように説得され一度はあきらめるんだ。

玄白の医者としての腕だけど、「毎年千人あまりも療治」「江戸一番の上手」などなど大評判だったんだよ。

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ターヘルアナトミアとの出会い~絶対に翻訳してやる!!~

「ターヘルアナトミア」とはドイツ人の医師が書いた医学書をオランダ語に翻訳したものだ。

玄白はこの書物に大変な衝撃を受け、藩に借金してまで買い取ったほど。

なぜ、そんなに衝撃を受けたかというと、

当時日本の医学はそんなに発達しておらず、人間の内臓の位置なども正確にはわからなかった。

昔の中国人が書いた解剖書はあったんだけど、とても怪しさ満点だった。

だから、医者たちは経験に基づいて、なんとなくこうだろう…というアバウトな感じで薬を処方してたんだ。

 

でも、ターヘルアナトミアの中には人間の正確な解剖図も描かれており、それはそれまでの医学知識を揺るがすものだったんだ。

この本を手に入れた後、玄白は同じ蘭方医仲間の前野良沢らとともに、死刑になった人の解剖に立ち会った。

もう大興奮だよね。

だって、ターヘルアナトミアに書かれていることが実際に目の前に見て取れるんだもの。

ターヘルアナトミア、マジパネェ!!

と思った玄白らは、この本を自分たちで和訳してもっともっと世の中に広めようと決意するのでした。

いざ!翻訳へ~オランダ語との格闘~

和訳してやろう!と決意したものの、その作業はとても困難なものでした。

なんせ、玄白は1度オランダ語を学ぼうとして挫折してるよね。

翻訳は玄白だけではなく、前野良沢を初めとする数人の蘭方医たちと行っていたんだけど、全員オランダ語には疎く…。

かろうじて前野良沢だけがオランダ語の基礎がわかるレベル。

玄白は後にこの時の経験を「舵や櫂なしで大海原に乗り出したよう」と語っている。

大変な苦労がうかがえるよね。

 

でも、玄白には立ち止まっている暇はない。

玄白はすでに40歳を目前にし、当時の平均寿命からいえば、この作業の途中に死んでもおかしくない。

早くは早くと掻き立てられるようにこの翻訳を進めようとする玄白。

蘭和辞典なんてこの時代まだないから、オランダの国語辞典をフル活用して、翻訳を進めていくことに。

翻訳作業は月に6~7回行われ、1年が過ぎるとだいぶわかる単語も増えてきて、だんだんと作業ペースもあがる。

そして次々とメンバーも増えて終わりのころは大所帯となっていたよう。

そして4年の月日が流れ、ついにターヘルアナトミアの和訳書「解体新書」ができあがったんだ。

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ついに完成「解体新書」!

解体新書は全5巻からなる。

1巻から4巻には体の内部の説明を文章のみで書かれており、5巻に体の内部の絵がおさめられている。

「神経」「軟骨」「動脈」など体に欠かせない部分の名前はこの本で初めて名前が載せられたんだって。

 

この本が出版されたことにより、医者たちは人間の体の内部を正確に知ることができ、薬の処方が適切に行われるようになった。

また、この本は幕府にも献上されたんだ。

 

でも、この本を刊行するにあたって、それまで一緒に作業していた前野良沢とひと悶着が。

実はこの解体新書、誤訳だらけだったんだ。

まあ急ぎ足で作ったし、オランダ語に疎い人ばかりだったからね。

でも前野良沢は、本が刊行された後もオランダ語を学び続け、オランダ人もびっくりするほどの語学力を身に付けた人物。

彼はこの本が誤訳だらけなのが許せなくて、本を出すなら著者名に自分の名前を入れないでくれと頼んだ。

だから解体新書の著者名に良沢の名前が無いんだ。

なお、玄白の弟子の大槻玄沢によって誤訳を訂正された完全なる和訳本「重訂解体新書」が玄白の死後出版されました。

杉田玄白の名言~「蘭学事始」より~

玄白は、晩年、解体新書の苦労話をつづった「蘭学事始」という回顧録を出している。

その中での名言を紹介しよう。

「一滴の油、これを広き池水の内に点ずれば、散じて満池に及ぶことや。」

=一滴の油でも池に点じて見なさい。やがて池全体に広がっていくから。

日本の医学会に新たな風を巻き起こそうと奮闘した杉田玄白。

彼がどんな気持ちで解体新書を著したのか。その覚悟が良くわかるね。

まとめ!

以上、杉田玄白と解体新書についてお話したよ。大事なキーワードを下にまとめておきましょう。

  • 杉田玄白=評判の蘭方医。
  • ターヘルアナトミアに衝撃を受け和訳を志す→大変な困難
  • 解体新書を刊行する→日本の医学会に衝撃。薬の処方などが適切に
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