【卑弥呼のまとめ!】邪馬台国はどこ?どんな称号もらった?弟や壱与との関係は?

今回の記事では弥生時代後期(西暦230~250年ころ)に登場した「卑弥呼」について簡単にまとめていくよ!

 

この当時、日本には文字が使われておらず文献が残っておりません。

なので、頼りになるのは中国に残されている書物だけ!

そこに記されている内容から当時の日本の様子を垣間見ることができます。

では、卑弥呼はそこにはどんな風に記されていたのでしょうか。

 

卑弥呼って何をした人なの?

邪馬台国ってなに??

え、最後は殺されたの!?

卑弥呼の年表

  • 180~200年頃 邪馬台国の女王となる。
  • 239年 魏に使者を送る。
  • 239年 親魏倭王の称号、金印、銅鏡100枚をもらう。
  • 247年ころ 死去

中国に残されていた書物から推測すると上のような年表になるとされています。

残念ながら卑弥呼の生まれなど、詳しい年齢は不明となっています。

 

ザっと振り返ってみると

荒れに荒れていた倭国。

邪馬台国には当時、男の王がいたが国は荒れ放題。

そこへ現れたのはカリスマ女王の卑弥呼。

鬼道(呪術)を用いて民の心をつかみ、30余りの国をまとめていく。

しかし、そんな卑弥呼にも敵が現れる。

それが狗奴国(くなのこく)である。

巨大な力を持つ魏を後ろ盾にできれば戦況は有利になるのでは。

とても戦略的で賢い卑弥呼は、魏に使いを送り

「親魏倭王」という称号とともに金印、銅鏡を授かる。

その後、死去。

 

ザックリとこんな流れだね。

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卑弥呼と邪馬台国、場所はどこにあった??

卑弥呼が治めていた邪馬台国ですが、場所がハッキリと分かっていません。

今の段階では近畿または九州

どっちかわからんが、ちょっとだけ近畿が可能性高いかな?って感じです。

 

中国の書物によると朝鮮半島にあった帯方郡という場所から邪馬台国への方角と距離が記されているのです。

が、方角を頼りにすると九州、距離を頼りにすると近畿ということになっちゃうそうです。

 

んー、どっちなんだろうか。

こういうところは歴史のロマンって感じはしますが、生きているうちに結論を知りたいものです。

卑弥呼と中国の関係、称号と金印、鏡をもらう

この頃、中国最強の時代です。

日本人は倭人と呼ばれ、格下扱いを受けていたっていう背景があります。

「小さいヤツ」って意味だね

 

日本では小国が乱立し、争いが絶えない時期です。

戦い、戦いの連続。

戦いに勝ちたい、オレが一番や!

力を誇示したいぞ!!

 

そう考えた場合、何をしますか?

そうです。

強い先輩を味方につければいいのです。

ヤンキー漫画でよく出てくるシーンを想像してみてください。

「オ、オレには〇〇先輩がついてるんだからな!

舐めたマネしやがったら〇〇先輩が容赦しねーぞ!!」

ダサい奴が言うセリフですが…効果は抜群です。

 

「…恐いから戦うのはやめておこう」

 

ってなっちゃうのが人間心理です。

つまり、この時代において中国というのは強い先輩キャラなのです。

中国に使いを送って金印、称号を授けられる。

すなわち、中国先輩に認めてもらったぜ!

いざというときは、中国先輩がオレを守ってくれるぜ!

という事実は、日本国内では「敵なし」を意味していたのです。

 

中国と仲良くするというのは力の誇示以外にも、中国の技術や文化を学びたいという意図もあっただろうけどね。

 

そんなわけで、当時はいろんな国の王が中国へと使いを送っていたんだ。

卑弥呼も同様、中国の魏に使いを送り「親魏倭王」という称号を授かり、金印と銅鏡100枚をもらいました。これにてライバル関係にあった狗奴国を一歩リードしようという考えがあったと思われます。

 

ちなみに!

卑弥呼にとって敵であった狗奴国の王

彼の名前を知ると驚く。

なんと、卑弥弓呼(ひみここ)といいます。

え、なにその卑弥呼の偽物みたいな名前w

卑弥呼の弟、壱与(いよ)

卑弥呼は邪馬台国の女王になると基本的には引きこもり生活。

ほとんど外に出ることはなく宮殿の中で召使に囲まれて生活していたのではないかと言われています。

その際、卑弥呼の弟が政治をサポートしていました。

また、卑弥呼には夫はおらず子どももいなかったとされていますが、ハッキリとは分かっていません。

 

卑弥呼の死後、次は男の王が君臨しますが民からの支持を受けることができず失脚します。

卑弥呼の宗女である壱与(いよ)が13歳という若さで女王となり、国は安定するようになっていきました。

 

また、卑弥呼が亡くなったときには巨大な墓が作られ、100人もの奴隷が一緒に入れられたそうな。

邪馬台国は身分制社会だったようで、

大人(だいじん)>下戸(げこ)>生口(せいこう)

というように分けられていました。生口というのが奴隷にあたる身分です。

ちなみに生口という身分の人物は、中国への貢物として献上されていたという記録も残っています。

卑弥呼の死因は…!?

卑弥呼の死因については、いまだハッキリとわかっていません。

自然死したという考えが一般的ですが、殺されたのでは?という見方もできるそうです。

 

当時争いをしていた卑弥弓呼によって殺されたのでは。

っていうのは推測しやすいストーリーですが、その他にもこんな考えがあるようです。

 

呪術の力が衰えたから不要になったから殺された。

というものです。

 

当時、皆既日食が起きていたという記録が残っています。

太陽が欠けてしまうという現象は当時の人にとっては驚きとともに不安として受け止められたことでしょう。

このような天変地異が起こるということは、

卑弥呼の呪術の力が衰えているからなのでは?

と考えられても不思議なことではありません。

これにより、呪術が使えない卑弥呼は不要ということで殺されたのではないか。という説です。

 

真偽は分かりませんが、こうやっていろんな説を想像しながら当時のことに想いを馳せるのも歴史を学ぶ楽しみの1つですね。

まとめ

というわけで、今回の記事では卑弥呼についてまとめていきました。

以下に卑弥呼のポイントをまとめておきます。

  • 鬼道によって民を魅了、邪馬台国の女王として君臨
  • 政治は弟がサポート、引きこもり生活
  • 狗奴国の卑弥弓呼と敵対関係
  • 魏に使いを送り、親魏倭王の称号と金印、銅鏡をもらう
  • 死後は壱与が国を安定させた
  • 死因は不明、自然死が有力だが殺害説も

 

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社会の勉強が苦手だ!

とにかく覚えられない。

参考書を読んでいても頭に入ってこないんだよ!


 

こんな悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。

私はめちゃくちゃ社会が苦手なので

こういった悩みにすっごく共感できます(^^;)
 

参考書に載っている用語を覚えなくちゃいけない。

それは理解しているんだけど…

山の名前、国の名前、偉人の名前…

参考書を眺めていても、想像力が働かなくて

ただの文字としてしか頭に入ってきません。
 

これでは、ただの暗記であって

知識にはなっていないのです。
 

にもかかわらず、ほとんどの社会の参考書は

大事なポイントが文字でまとめてあるばかり。

社会が苦手な人にとっては、マジ苦痛ですよねw
 

と、まぁ

参考書を眺めてばかりで

一向に理解が深まらなかった私は

社会の学習を半ば諦めていました。

 

しかし

ちょっと学習する方向性を変えてみました。

すると!

楽しいくらいに理解が深まるようになってきました。

参考書では学ぶことができなかった

深い部分までの理解、そして知識のつながりが

頭の中にすっと入ってくるようになったのです。

 
理解が深まってくると、学ぶ意欲も高まり

どんどんと積極的に社会を学ぶようになりました。

こうなってくると、参考書に書いてあった

今まではただの文字としてしか認識できなかった情報も

サクサクと理解できるようになってきました。

まさに相乗効果!って感じですね(^^)

 
さて!

私は、参考書を解きまくるという学習方法から

新しい学習方法に切り替えたことで結果が出始めたわけですが

その新しい学習方法とは…??

 

社会を聴く!!

 

という学習方法です。

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