【中学歴史】壬申の乱を簡単サクッと解説!年号の覚え方も!

壬申の乱とは

天智天皇(中大兄皇子)が亡くなった後

後継ぎ争いとして

大海人皇子と大友皇子が争った内乱のことをいいます。

 

結果として、大海人皇子が勝利。

天武天皇として即位しました。

 

テストで点数を取るためには

これだけの情報で十分なのかもしれないけど

もうちょっと興味深い問題なので

壬申の乱について、サクッと簡単に解説していくよ!

壬申の乱を簡単サクッと解説!

大化の改新の中心人物であった天智天皇(中大兄皇子)。

詳しくはこちらの記事もご参考に!

 

そんな天智天皇が亡くなると

後継ぎ問題が勃発します。

 

誰と誰が後継ぎで揉めたのかというと

天智天皇の弟である大海人皇子

天智天皇の子である大友皇子

この2人によって争いが勃発しました。

 

 

今でこそ、子どもが後継者になるっていうのが

当たり前のように感じるけど

当時は、そういった決まりはなかったみたいだね。

 

だから

弟の大海人皇子、子の大友皇子

どちらを天皇にするんじゃー!!

ってことで、豪族内でも2つに分かれて争いになっちゃったのです。

 

ちなみに

子である大友皇子の母は身分が低い人物でした。

その他にも、父にあたる天智天皇の

強引なやり方などに不満を抱いていた豪族は多かった。

だから、その子にあたる大友皇子に対する反発も強かったみたい。

 

 

その結果として

この後継ぎ争い(壬申の乱)は、弟である大海人皇子の勝利。

天武天皇として即位することになりました。

 

以上がサクッと解説でした(^^)

後継ぎ争いで、天智天皇の弟と子が争った。

結果として、弟が勝利し天武天皇として即位した。

それが壬申の乱でした。

壬申の乱の語呂合わせの覚え方!

壬申の乱がおこったのは672年です。

これを語呂合わせにすると

このように覚えることができます。

テストの点数アップに役立つはずです(^^)

壬申の乱についての小話

ここからはすこし余談になっちゃいますが

壬申の乱についての小話です。

今では、当たり前に学校の授業の中で壬申の乱について学びますね。

 

だけどね

戦前には、教科書から壬申の乱についての記述が削除されていた時期があるんだよ。

なんで、そんなことがされていたか分かるかな??

 

それは、壬申の乱というのは

当時の国家にとっては都合が悪い出来事だったからなんだ。

 

もう一度、壬申の乱について確認しておこう。

壬申の乱とは、天皇の後継ぎ問題で発生した争いでしたね。

つまり、天皇家の中で争いが起こったということ。

 

戦前の日本は、天皇主権でした。

そんな中、天皇家で争いが起こったことがあるという事実は何かと都合が悪かったというわけだね。

 

そういった意味でも

今回の記事で学習した壬申の乱とは、歴史の中でも重大な出来事の1つであることは間違いないですね。

 

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